「い、い、いったい……なな、なんなんだ、なんだってんだよお~ はあ はあ はあ」

「鬼ごっこみたいですよ?」

 未來が涼しい顔で言う。てか未來……走り方が……ちょっと奇妙で、なんというか歩いているようなのに速い。

「鬼ごっこですって?てかアンタ遅い!置いてくわよ!」
 千歳も速い。というか、俺以外は皆、楽々走っているように見える。
「ミ、未來さん……だ、誰が、誰を、追いかけているんです? はあ はあ はあ」
「追いかけられているのは私みたいですね」
「え?」
「試しに皆さん、そこで止まっていてくれます?」
 俺は怖かったものの、疲れきっていたので止まってしまった。

 未來はさっきまでと同様、涼しい顔で集団の先頭のちょっと先を走っていってしまった。その好きにスマホでチェックしてみると、確かに未來の画像があり
「アキバで鬼ごっこ!はじまるよ!この子を捕まえて!」
 と書き込まれていた。
「にしても、そんな鬼ごっこくらいで群がるかねえ」
 千歳の疑問も当然だった。だが……
「賞品は千歳と一日デート!ってなってるけど?」
「え!えええええーっ!茜のヤツ!肖像権のプライバシーの著作権の侵害で訴えてやる!」
「そんな問題かよ……しかし……未來はどこいった?」
「あっちに……見えるの……未來さん……じゃない?」
 確かに未來がさっき消えた方とは反対側から現れた。どうやらあたりを一周してきたようだ。未來は当然、相変わらず息も切らさなかったが男どもはもはや死に体だった。
 しかし……よく見てみれば、その最後尾には例の赤女がいた。

「ま、まったくもう! はぁ はぁ はぁ つ、つかえない はぁ はぁ 連中ね!」
 一緒になって走っていたのか、赤女もすっかり息が上がっていた。
「茜!あんたプリンはどーしたのよ!」
「リリス!や、やば!バトルモード!」
 赤女茜はリリスを見るなり、叫びながら地面に取っ手のようなものを突き刺した。そしてそれを引き上げると、真っ赤で薄っぺらいジェラルミンケースのようなものが現れた。それを開くとガシャンガシャンと音を立ててそれは広がり、茜のカラダを包み込んでいき、やがて茜の両手、両足、そして頭に銃口のようなものが装着されていた。それもすべて真っ赤だった。

「あ~一応言っておくけど、アンタ下がったほうが身のためよ」
 千歳が俺に向かって言ったようだ。
「へ?あ、ああ、そうだね。あんなの怖いよね」
「いやいやいや、茜は大したことないわよ。それより本当に怖いのはコレ」
 千歳が指をさした瞬間、リリスの真っ黒な服全体にあしらわれたギザギザがジャキン!と音を立て、無数の真っ黒な剣のようになった。

「いいの?リリス!こんなところで千本手刀なんか広げて!」
 見るからに茜も焦っている。
「大丈夫よ!こんだけ人間がいるんだから少しくらい消えたってわかりゃしないわ!」
「あ、あぶねー」
「だから言ってるでしょ。リリスはホントにやるわよ。下がりなさい!」

「ちっ 先手必勝!」
 茜は叫ぶとこちらに向かってかけ出した。
「チャーーーーーーーーーー ハァッ!!!!!」
 ヅダダダダ
 手を出し叫ぶと、何か赤い弾丸が発射される。
「ハァッ!!!!!」
 ダダダダダッ
「おおーーーっ」
 そしてその度に男たちから声が漏れた。見れば弾倉が充填されるたび茜のカラダを包んでいる赤いドレスが剥け小さくなっていくのだ。どうやらドレスそのものが弾になっているようだった。
 一方、リリスはその広げた暗黒の千本手刀が卵を守る親鳥の羽のようにリリスをつつみこみ、赤い弾丸をつぎつぎに跳ね返していた。

「ちっきしょーっ あ!アレなに?」
 茜が上の方を指さしたのでみんなが見上げたが、それはフェイントのようでリリスはまったく動じなかった。
 が、茜がニヤリ、と笑ったかと思うと頭上のビルの屋上に掲げられた看板がユックリとズレ、落下しだした。
「ひゃっ ヤバイ」
 俺は思わずその場にうずくまったが、千歳も未來もまっすぐ立ったままリリスを見ている。だから俺もその視線を追いリリスを見るとリリスは首を少しひいて見上げるように茜を睨んだまま低く落ち着いた声で言った。

「デトロイト・ブレイク!」

 すると、落ちてきていた看板は空中に停止し、少し、間を置いたあと茜の方へジリジリっと移動した。

 ズガガガガガガガーーーーッ

 かと思うと次の瞬間、加速しすっ飛んで行った。周囲の他のゴミやら看板やら人やらを巻き込んで……
 茜の上に出来上がった小山に向かってリリスは無言のまま歩いてゆくと、右腕を背中に大きく反らせ、その勢いで手刀を突き刺した。

「あっ そこまでしなくても……」
「いいからアンタは黙ってなさい」
「ち、千歳、で、でも……」
「ほら」
 千歳がアゴで指すのでもう一度リリスの方に目をやると、リリスは突き刺した手を引き抜いた。その先には茜の襟元をつかんでいた。
「茜!あんたミムプリン、どーしたの!」
「ご、ごめんなさ~~い」
 茜は今度は猫撫で声で謝りだした。

「ねえ~さっきからプリン、プリンってなんなの?プッチン的なやつ?」
「はぁ~? って知るわけ無いか。茜はねこのアキバリズンの監視者なのよ」
「は?アキバリズン?」
「……面倒ね。説明すんの」
「いやいや、カワイイ千歳ちゃん!お願い、教えて!」
「ま、まあ、そこまで言うのならしかたがないわね……」

 渋々?ニコニコしながら説明しだした千歳によると、アキバというのはやはり磁場的に不安定であり、マークゥワイとのホールができやすいというのだ。
 そのため、そもそも何もなかったこの地域を流刑の地とし、こちら側に建てられた施設がアキバリズンなのだという。要するに監獄だ。
 しかし、やがてマークゥワイ人の奇妙ないでたちに惹かれた人間が集まりだすと、監獄は廃止された。しかし、ときどき脱走犯がいるためそれを監視する施設だけが残されたというのだった。

「で?プリンってなんなの?今の話と関係あるの?」
「うっさいわねアンタ。今からそれを言うところでしょ!だまって聞きなさいよ!」
「ハーイ」
「つまりアキバリズンの監視役が茜で、最重要監視対象がミムプリンってワケよ!わかった?」
「……いや、ぜんぜん」
「はぁ? なんで分かんないのよアンタ!頭沸いてるの?」
「いや、だからプリンって何?って聞いてるんだけど……」
「ミムプリンでしょ!知らないの?!」
「うん。だからさっきからそ~言ってるんだけど……」
「もう!無知なんだから!ミムプリンって言ったら、世界最強、いや最凶のCKS!つまり超危険生物でしょ!」
「…………」
「ほら!これよ!」
 千歳はそういうと写真を見せた。そこにはネコより一回りくらい小さくて、ピンク色の毛が羊のようにくるくるしていて、うさぎのような耳の生えた小動物が写っていた。
「か、カワイイ……」
 男の俺でさえ、思わずそう言ってしまうようなつぶらな瞳だった。
「……お人形さん遊びといい、アンタほんとキモいわね。ミムプリンよ?ミ・ム・プ・リ・ン!あの、世界を破滅に導くと言われるミムプリンよ?」
「世界を破滅ねえ……てか、なんでそんな可愛らしい名前なんだ?」
「そのミムプリンが逃げたなんて……」
 千歳の表情を見る限り、ウソでも冗談でもなさそうだった。

「なんてことなの!逃げられるなんて!」
「いやあ、逃げられたっていうか、盗まれたっていうか……」
 リリスに問い詰められると茜は小さくなってしまった。
「誰に!?」
「ハミルに……」
「え?」
「それで、そこのアンドロイドをダシにしようかと思って……」
「んーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーもうっ!」

 ぱーーーんっ!

 と、リリスの装備がはじけて元に戻った。

「一度戻るしか無いわね……マークゥワイに……」
「じゃ、私はこれで~」
 逃げようとするも、茜も首根っこを掴まれたままだった。
「アンタも戻るのよ!」
「私は?」
「アンタも!」
 こうして、三人はドコへやら消えていった。たぶんマークゥワイなのだろう。

「アンタ、ハミルがもどったら連絡すんのよ!」
 とメアド交換をしてから……

「ハミルって……」
 独り言をつぶやくと
「ハルさんですね」
 と未來が言った。

 チャラン チャラン チャ チャ ランチャ~

 するとメールの着信音がした。

「なんだ?リリスか?」
 と思って開くと
「ヒロト―、ごめん~~~ぬけられなくなっちゃった~助けてくれ~~~~い」
 ……そこには変なぬいぐるみを抱いた兄貴の自撮り写真があった。
 写真の背景にはBROADWAYという看板が見える。

 俺は思った……

「次は中野だ!ブロードウェイだ!」

 って、誰が行くか!バカ兄貴め!

 新しい物語の始まりに不安を感じながらも、俺は家路へとついた。背後に未來の視線を受けながら……


人気ブログランキングへ